MSの最新の考え方近年、多発性硬化症(MS:Multiple Sclerosis)の世界では「再発と進行は同時に起こっている」という新しい考え方が広がっています。
その中心となるキーワードが PIRA(ピラ/パイラ:Progression Independent of Relapse Activity/再発とは無関係の進行) と SAW(ソウ:Smouldering Associated Worsening/くすぶり関連悪化) です。
「再発がないのに、なんとなく前より歩きにくい」「疲れやすくなった気がする」といった自分にしかわからない変化は、そのサインかもしれません。
このページでは、MSの経過の概念を変えつつあるPIRA・SAWについて、患者さん自身ができるチェックや、主治医への伝え方も含めて解説します。
1. これまでのMSの分類
MSはこれまで、次の3つに分類されてきました。
- 再発寛解型(RRMS:Relapsing-Remitting MS):再発と寛解を繰り返す
- 二次性進行型(SPMS:Secondary Progressive MS):RRMSの後に徐々に進行
- 一次性進行型(PPMS:Primary Progressive MS):最初から徐々に進行
この分類は現在も、薬の適用や経過の説明にあたって世界中で使われています。
2. 「再発」と「進行」は同時に起こっている
一方、効果が高い疾患修飾薬(DMD)によって再発をしっかり抑えられるようになっても「再発を抑えても進行する人がいる」ことがわかってきました。調べてみると、次のことがわかってきました。
- RRMSと診断されていても、再発のない時期に神経の損傷が静かに進んでいる可能性がある
- MSの発症より前の段階から、脳や脊髄では目に見えない炎症や神経障害がすでに始まっていることもある
- 「再発する病気」と「進行する病気」を別々に考えるのではなく、再発と進行が同時に存在する一つの疾患なのではないか
こうしたことからMSという病気の本態は「炎症による再発」と「神経細胞の障害による進行」が発症早期から同時並行で起こっているという考え方が広まってきています。研究の進歩によって 「これまで見えなかったもの」が見えるようになってきたのです。
3. PIRAとSAW ― 「隠れた進行」
この「再発と関係なく静かに進む病態」を表す言葉として、近年注目されているのが SAW と PIRA です。
SAW(くすぶり関連悪化)
脳や脊髄の中で炎症が静かにくすぶり続け、ゆっくり悪化していく状態のこと。火が消えたように見えても、内側で炎が燃えているイメージです。
PIRA(再発とは無関係の進行)
SAWの中でも、EDSS(Expanded Disability Status Scale:障害度評価尺度)や EDSS-Plus などの検査で検出できる状態のこと。SAWの中の「測れる部分」とイメージするとわかりやすいかもしれません。
どちらも、MRIや従来の観察だけでは捉えにくい 「隠れた進行」 として、近年とても重要視されています。
4. 患者さん自身ができるチェック
隠れた進行は自分にしかわからない、小さな変化として現れることが多いです。次のような変化に気をつけてみましょう。
歩行
- 以前より歩くスピードが落ちた
- 長く歩けなくなった、休憩が増えた
- バランスが悪く、転ぶことがある
手の細かい動き
- 字が書きにくい、お箸が使いにくい
- スマホの文字入力でミスが増えた
- ボタンを留めるのに時間がかかるようになった
認知機能
- 人の話についていきにくい、考えがまとまらない
- 複数のことを同時にこなすのが苦手になった
- 以前なら覚えていたことが思い出せない
疲労
- 以前より疲れやすくなった
EDSS-Plusとは
EDSS-Plusは、従来のEDSSでは捉えにくい変化を補う検査で、以下を含みます。
- SDMT(Symbol Digit Modalities Test):認知機能(情報処理速度)を測定。Cog-Evalを使った検査もこれに該当します
- 9ホールペグテスト(9HPT):手の細かい動きを測定
- 25フィート歩行テスト(T25-FW):7.62mの歩行速度を測定
ただし、EDSS-Plusを行っている施設は多くないのが現実です。従って、自分でできる範囲で観察し、その変化を主治医に伝えることが大切になります。
5. 大事なこと:自分で結論を出さない
歩きにくさや物忘れはつい、自分で片づけてしまいがちです。
- 「年のせいでしょ」
- 「運動不足だから」
- 「更年期だから」
- 「気のせいかも」
- 「みんなこんなものでしょ」
もちろん、加齢や生活習慣の影響もゼロではありません。でも、MSの患者さんにとっての「いつもと違う」は、主治医と一緒に確認すべきサイン です。ご自身で結論を出さず、主治医に伝えてください。
6. あなたの感覚は間違っていない
ここで大切なお話があります。
PIRAやSAWは、ここ数年で広がってきた、まだ新しい考え方 です。そのため、主治医の先生がPIRAという言葉を知らないことは、決して珍しくありません。むしろそれが普通です。
- あなたが感じている変化は、あなたにしかわからない貴重な情報です
- 主治医がPIRAを知らなくても、「最近こういう変化があるんです」と具体的に伝えることに意味があります
- 再発はないけど、なんとなく前と違う日常での変化のメモ、歩行時間の記録など、数字や記録があれば、より伝わりやすくなります
あなたの感覚は間違っていません。 自分の感覚を「気のせいかな」と引っ込めないで、主治医と共有するようにしてください。
7. 進行に対する治療の希望 ― BTK阻害薬
これまで、MSの進行に対しては有効な治療の選択肢が限られていました。多くのDMDは再発を抑える効果は高いものの、再発と関係なく進む障害には十分対応しきれていないのが現状です。
そこで期待されているのが、新しいタイプの薬 BTK阻害薬 です。
- 脳の中の炎症を抑えることで、くすぶり続ける炎症にアプローチできる可能性がある
- 中でも フェネブルチニブ は、再発抑制と進行抑制で優れた結果を示していて、日本でも治験中
- PIRA・SAWに対する大きな希望 として、世界中で注目されている
また、現在使える薬であっても、早期から使い始めることで進行をゆるめることが期待されています。
8. まとめ
- MSは「再発と進行が同時に存在する」病気として捉えられるようになってきた
- 再発がない時期にも、SAW(くすぶる炎症)として静かに進行している可能性がある
- PIRAは、その中でも「EDSS-Plusなどの検査で検出できる」もの
- 患者さん自身の観察と主治医への共有がとても大切
- BTK阻害薬など、新しい治療の希望が広がっている
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監修:MSキャビン編集委員
出典:MSキャビン「PIRA(再発とは無関係の進行)」
URL:https://www.mscabin.org/ms/pira/
(新規公開:2026年5月30日)






