
視神経脊髄炎(NMOSD)は何も治療をしていないと再発を繰り返す病気です。しかも1回の再発が大きく、1回の再発で失明したり車いす生活になったりすることもあります。そのためNMOSDでは診断されたらすぐに再発予防治療を始めます。
これまではステロイド薬と免疫抑制薬が治療の中心でしたが、2019年以降、有効な薬が新しく5製剤承認されました。そのうちここではラブリズマブ(ユルトミリス®)について解説しています。モノクローナル抗体製剤で、8週ごとの点滴薬です。日本では2023年5月に承認されました。
[広告]
全体的なこと
NMOSDは免疫系に何らかの異常が起こり、自分に対する抗体(アクアポリン4抗体)が、アストロサイト上の「アクアポリン4」という、水を細胞に出し入れする通路を形作るタンパク質を攻撃してしまうことによって起こります。
アクアポリン4抗体がアクアポリン4を攻撃する際には「補体」と呼ばれるタンパク質が活性化することが分かっています。ユルトミリス®はこの補体の成分の1つ「C5」に結合することで、その活性化を阻害します。そうすることでNMOSDの再発を抑えることができると考えられています。
ユルトミリス®は点滴薬で、初回、2回目は初回から2週間後、以降8週ごとに治療を受けます。1回の点滴所要時間は体重によって異なり、25〜55分ほどです。基本的には初回投与を含めて入院は必要ありません。
使用期間は決められていません。ユルトミリス®は再発を予防する薬です。この薬を始めて病状が安定し、副作用に問題がなければ続けたほうがよいといえます。
日本を含めた世界的な臨床試験では、全員にユルトミリス®が投与されました。比較対象としてソリリス®の治験の偽薬群のデータが用いられました。結果、投与開始から50週間の経過観察において、ユルトミリス®投与群では再発が認められた人はいませんでした。
「再発しない=効果が出ている」と考えると、いつから薬の効果が出ているのかは判断が難しいですが、ユルトミリス®投与後の血液中の補体の量は、治療開始1時間後には低くなることが分かっています。そのことから、ユルトミリス®は比較的早く効果が出始めるだろうと考えられています。
ユルトミリス®を使用してもNMOSDは完治しません。現在、NMOSDを完治させる薬は存在しません。
日本人ではユルトミリス®が効かない遺伝子を持っている人が約3.5%いるため、投与を受ける患者さんはそのような遺伝子があるかどうかを検査する必要があります。検査は必須とはされていませんが、この遺伝子を持っている場合はこの薬の効果が全く期待できません。患者さん側には金銭的な負担はなく、採血で分かる検査です。できる限り調べてもらうようにしてください。
ユルトミリス®の添付文書には「抗アクアポリン4抗体陽性の患者に投与すること」と記載されており、陰性の患者さんには使えません。
小児を対象とした治験は行われておらず、安全性が確立されていません。
小児では、髄膜炎菌だけではなく、肺炎球菌、インフルエンザ菌b型等の細菌による髄膜炎を起こす可能性があります。治療開始2週間前までに髄膜炎菌ワクチン、肺炎球菌ワクチン、インフルエンザ菌b型ワクチンを接種することが推奨されます。
ユルトミリス®の薬価は体重によって異なり、年間約4,547〜5,456万円です。しかしNMOSDの再発予防薬として承認されているため、指定難病の条件を満たせば医療費助成が受けられます。詳しくは「医療費助成について」をご覧ください。
副作用
副作用として最も懸念されるのは髄膜炎菌感染症です。その他、播種性淋菌感染症、肺炎球菌感染症、インフルエンザ菌感染症※などの重篤な感染症、注射時副反応なども報告されています。
※「インフルエンザ菌感染症」とは、細菌による感染症です。ウイルスによって起こる季節性のインフルエンザとは全く異なります。
注射時副反応はアレルギー反応や頭痛、ショック、アナフィラキシーなどで、点滴を始めてすぐに起こることが多いです。
髄膜炎菌は重度の髄膜炎や敗血症を引き起こす細菌で、髄膜炎菌感染症はユルトミリス®の副作用の中で最も懸念される重篤な副作用です。発熱や風邪のような症状で発症した後に急激に悪化して1日で死に至ることがあります。
そのためユルトミリス®の投与を受ける場合は、治療開始2週間前までに必ず、髄膜炎菌に対するワクチンを接種することになっています。ステロイド薬や免疫抑制作用などを使用している場合には、8週以上間隔を空けて2回接種することが推奨されています。
髄膜炎菌ワクチンには、4価の髄膜炎菌ワクチン (MenACWY) と血清群B (MenB) ワクチンの2種類があり、両方の接種が推奨されていますが、日本で認可されているのはMenACWYワクチンだけです。MenBワクチンは一部のトラベルクリニックなどで自費で接種できます。米国疾病対策予防センターでは「MenACWYワクチンとMenBワクチンの両方を接種しておくこと。治療中は予防的に抗菌薬を内服することを考慮すること」としています。またワクチンはその後も5年ごとに接種することが勧められています。しかしワクチンを接種していても感染する可能性は残り、注意が必要です。
実際、58人が参加したユルトミリス®の治験では、髄膜炎菌のワクチンを接種していたのにも関わらず、2人が髄膜炎菌感染症を発症しています。高い割合であり、特に注意が必要です。
髄膜炎菌感染症が疑われる症状は、発熱、頭痛、吐き気・嘔吐、筋肉の痛みなどです。そのほか、うなじのこわばり、発疹、光が異常にまぶしく感じる、手足の痛み、混乱して考えがまとまらない、などの症状にも注意が必要です。
風邪やインフルエンザと区別が付きにくいですが、これらの症状が現れたら直ちに主治医または緊急時に受診可能な医療機関に連絡してください。主治医や医療機関と連絡が取れない場合はすぐに救急車を呼び、「患者安全性カード」を救急救命室のスタッフに提示してください。
ユルトミリス®による治療中は、髄膜炎菌以外にも播種性淋菌感染症、肺炎球菌感染症、インフルエンザ菌感染症(細菌による感染症。ウイルスによって起こる季節性のインフルエンザとは全く異なります)など、他の重篤な感染症にも注意が必要です。
淋菌感染症は、多くの場合は無症状ですが、排尿時の痛み、陰茎先端部からの膿様分泌物、膣分泌物の増加および腹部/骨盤部の痛みなどの症状が見られることがあります。播種性淋菌感染症による全身感染を来し、髄膜炎や心内外膜炎を合併することもあります。
風邪症状の他、原因不明の発熱や一般的な風邪とは異なる症状など、気になる症状が現れた場合は診察を受けてください。
他の治療・予防接種について
ユルトミリス®とステロイド薬・免疫抑制剤との併用は禁止されていませんが、これらの薬と併用することで、より感染症のリスクが増す可能性があります。
ユルトミリス®は免疫グロブリン製剤との併用で効果が減弱することから、添付文書には併用注意と記載されています。その他の薬剤については禁止されていません。NMOSD患者さんの多くはステロイド薬や免疫抑制剤、対症療法のための薬剤を服用していますが、そういった薬剤との併用は禁止されていません。
ユルトミリス®使用中の急性増悪期の治療は禁止されていません。再発と考えられる場合には、ステロイドパルス療法や血漿浄化療法、免疫グロブリン静注療法を行うことがあります。
血漿浄化療法や免疫グロブリン静注療法を行うとユルトミリス®の血中濃度が下がるので、その際には治療後にユルトミリス®の補充療法が必要となります。次回のユルトミリス®投与については主治医と相談してください。
ユルトミリス®から他の薬剤への変更は可能です。使用中に再発があった場合や、副作用で治療が継続できない場合、また、患者さんのご希望などで他の薬剤に切り替えられます。ただし、薬によって作用機序・投与方法・投与期間が異なるので、変更する薬の種類や変更のタイミングは主治医とご相談ください。
ユルトミリス®の治療中でもワクチンは受けられます。ステロイド薬や免疫抑制薬を併用していなければ生ワクチンも可能です。生ワクチンでないインフルエンザワクチンや新型コロナワクチンの接種時期は気にしなくて構いません。
日常生活
運動や仕事の制限は特にありません。感染症にかかりやすくなることがあるので、体調管理にご注意ください。
妊娠・出産
ユルトミリス®の使用経験により、妊娠・出産できなくなることはありません。添付文書には「妊婦又は妊娠している可能性のある女性には、治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ投与すること」とあります。
ただし妊娠中に淋菌に感染すると、早産や流産を起こすことがあります。 出産中に新生児に産道感染して、結膜炎や関節、血液の炎症を起こし、命にかかわる場合もあります。妊娠中も継続するかは主治医とご相談ください。
添付文書では「治療上の有益性及び母乳栄養の有益性を考慮し、授乳の継続又は中止を検討すること」とあり、患者さんそれぞれの状況と主治医の判断によります。
ユルトミリス®のヒトにおける乳汁移行性については不明ですが、免疫グロブリンはヒトの乳汁に移行することが知られているため、ユルトミリス®が乳汁に分泌される可能性は否定されていません。
ただ、ユルトミリス®のような生物学的製剤は、乳児の消化管で消化されるので、大きな影響は与えないとの見解もあります。
新規公開:2023年9月4日
文:MSキャビン編集委員
大橋高志、越智博文、近藤誉之、中島一郎、新野正明、宮本勝一、横山和正、中田郷子