多発性硬化症(MS)

イムセラ®、ジレニア®

多発性硬化症(MS)の多くは、再発と寛解を繰り返しながら、症状が徐々に悪化する進行期に入ります。

進行期に入るまでの期間は人によりますが、病巣ができるのを抑え、症状が徐々に悪化する進行期に入らないようにしておくことが必要です。そのために使われるのが再発予防・進行抑制の薬です。経過を改善するという意味合いで「疾患修飾薬(disease-modifying drug : DMD)」と呼ばれます。

日本では2024年3月現在、8種類のDMDが承認されています。ここではフィンゴリモド(イムセラ®、ジレニア®)について解説しています。1日に1回の飲み薬です。日本で2011年に承認されました。

更新:
2024年3月7日(全体を改訂)
2022年4月27日(全体を改訂)
2012年2月2日(新規公開)
文:MSキャビン編集委員
大橋高志、越智博文、近藤誉之、中島一郎、新野正明、宮本勝一、横山和正、中田郷子

全体的なこと

フィンゴリモドは、再発寛解型MSに対する経口の再発予防薬です。日本で開発された薬で、漢方薬として有名な「冬虫夏草」というキノコに含まれる成分の化学構造を元に合成されました。

開発者の名前から「FTY(F:藤多哲朗教授 / 京大、T:台糖株式会社、Y:吉富製薬株式会社)720」という名前で研究・治験が進められたことで、今でも「FTY」と記載されることがあります。

日本では「イムセラ®」と「ジレニア®」という2つの商品名で発売されています。どちらも全く同じ薬です。

MSは免疫系に何らかの異常が起こり、脳、脊髄、視神経の軸索を覆っているミエリンを外敵と見なして攻撃してしまうことによって起こります。

フィンゴリモドは免疫を担当する細胞の1つであるリンパ球が、リンパ節・脾臓などのリンパ組織から出て行くのを抑えます。すると体内を循環するリンパ球の数、そして脳・脊髄に入って行くリンパ球の数も減り、MSの再発が抑えられるという機序が考えられています。

フィンゴリモドはカプセル剤で、1日1回、水かぬるま湯で飲みます。飲む時間に決まりはありませんが、飲み忘れを防ぐためにも時間を決めて服用することが勧められています。

国内の臨床試験において、偽の薬が投与されたグループと比べて約50%、年間再発率を減らしたことが示されました。

また、フィンゴリモドを投与されていたグループでは、使用3カ月及び6カ月後に造影病変が認められなかった患者が50名中35名(70%)と、偽薬群(52名中21名、40.4%)よりも有意に高いことが分かりました。

また欧米の臨床試験においてフィンゴリモドは、インターフェロンベータ1aよりもMSの再発率・MRIの造影病巣数を減らしたことが示されました。

偽の薬が投与されたグループと比較した試験では、身体障害の進行を抑えたことも認められています。

日本におけるフィンゴリモドの効能は「多発性硬化症の再発予防及び身体的障害の進行抑制」です。

海外の一次性進行型MSヘの治験では、障害の進行抑制効果は示されなかったものの、MRI上では効果があったという報告があります。進行しながらも再発する人やMRI病巣の変化があるような人には有効かもしれません。

フィンゴリモドを飲んでもMSは完治しません。現在、MSを完治させる薬は存在しません。

薬を飲み始めてから数日間にわたって、脈拍数の低下(徐脈)や心電図の異常が見られることがあります。特に脈拍数の低下は高い頻度で起こるので、循環器の専門医と連携した対応が求められています。突然死のリスクも懸念されているので、初めて飲む時は念のため、循環器の専門医がいる病院に1泊以上、入院することが勧められています。

使用期間は決められていません。フィンゴリモドは再発を予防する薬です。この薬を始めて病状が安定し、副作用に問題がなければ、続けた方がいいといえます。

フィンゴリモドはMSの再発予防薬として承認されているため、指定難病の条件を満たせば医療費助成が受けられます。詳しくは「医療費助成」をご覧ください。

副作用

さまざまな副作用が報告されていますが、注意が必要なのは循環器系への影響、感染症、黄斑浮腫、リンパ球数の減少・肝機能障害です。

薬を飲み始めてから数日間にわたって、脈拍数の低下(徐脈)や心電図の異常が見られることがあります。特に脈拍数の低下は高い頻度で起こるので、循環器の専門医と連携した対応が求められています。突然死のリスクも懸念されているので、初めて飲む時は念のため、循環器の専門医がいる病院に1泊以上、入院することが勧められています。

最初に飲む時は6時間までは毎時、脈拍数と血圧を測定し、服用6時間後には心電図を測定するなど、心機能が綿密に観察されます。また最初に飲んでから24時間は連続して心電図をモニターすることが望ましいとされています。

海外の臨床試験では、フィンゴリモドを飲んでいる人と飲んでいない人とで、感染症の頻度に明らかな差は認められていません。しかしフィンゴリモドを飲むと体内を循環するリンパ球の数が減るため、感染症にかかりやすくなると考えられます。水痘・帯状疱疹、単純ヘルペス感染症、真菌感染症、PML(進行性多巣性白質脳症)などには注意が必要です。帯状疱疹ウイルスの抗体は陽性であることを確認してください。

フィンゴリモド中のPMLは、国内では2023年9月現在9例報告されています。フィンゴリモド服用中は定期的に脳MRIを撮ってもらうことが勧められます。PMLに関してはタイサブリ®の説明をご覧ください。→「タイサブリ®」へ

またフィンゴリモド服用中に悪性リンパ腫を発症した報告も数例あります。そのうち亡くなった1人はEBウイルス感染が背景にあります。また数名、ヒトパピローマウイルスが関与する子宮頸がん、そのほか胃がんの報告も数例あります。

以上のことからフィンゴリモドを飲んでいる時は感染症やがんに注意する必要があります。何か異変を感じたら主治医に連絡してください。

発見が遅れると視力を失う可能性がある黄斑浮腫が出ることがあります。多くは物がゆがんで見えるのですが、MSの再発との鑑別も必要です。視力や視野の異常があったら主治医に伝えてください。片目で格子模様を見てゆがんでいないかを確認するのもいいでしょう。

初期の黄斑浮腫は症状が出ないことがあるので、何も症状がなくてもフィンゴリモド服用3〜4カ月後には眼科の検査を受けることが勧められています。

特に糖尿病やぶどう膜炎になったことがある人は黄斑浮腫のリスクが高いといわれています。リスクに応じて定期的に眼科で検査を受けることが必要です。無症状の黄斑浮腫をすでに発症していないかどうかを調べるため、フィンゴリモド開始前にも眼科で検査を受けておくことをお勧めします。

リンパ球数が減ったり、肝機能の数値に異常が出たりすることがあります。自覚しにくい副作用なので、定期的に血液検査をしてもらってください。検査値によっては、薬を減らしたり治療を休止・中止したりすることがあります。また、もともと肝機能障害がないかどうか、治療前に確認しておく必要があります。

服用時間など

フィンゴリモドを飲む時間に決まりはありません。しかし飲み間違い・飲み忘れを防ぐためにも「朝食後」など時間を決めて服用することをお勧めします。

1日飲み忘れても大きな影響はないので、翌日から飲んでください。

しかし頻繁に飲み忘れるの良くありません。1日に1回の服用を続けていくのが難しいようであれば、主治医にご相談ください。

フィンゴリモドを飲み過ぎたことによる健康被害は報告されていません。

しかし頻繁に飲む量を間違えるのは良くありません。1日に1回の服用を続けていくのが難しいようであれば、主治医にご相談ください。

他の治療・予防接種について

フィンゴリモドは他のMS疾患修飾薬とは併用できません。免疫を抑える作用があるため、経口ステロイド薬(プレドニゾロン®、プレドニン®など)や免疫抑制薬(イムラン®、アザニン®、プログラフ®など)との併用はお勧めできません。

そしてフィンゴリモドは脈拍数に影響を与えるため、一部の抗不整脈薬との併用は禁止されています。その他にも併用に注意が必要な薬剤があります。フィンゴリモド開始にあたっては、現在服用中の薬を全て主治医に伝えてください。

フィンゴリモドの治療中はインフルエンザワクチンなどの不活化ワクチンや新型コロナワクチンは受けられます。

新型コロナワクチンについては、すでにフィンゴリモドを服用中の場合はワクチンの接種時期については気にしなくて構いません。フィンゴリモドを新規で始める場合は、服用開始2〜4週間前までにコロナワクチンの接種を終えておくことが望ましいとされています。

フィンゴリモドの治療中は生ワクチンの接種は受けられません。麻疹ワクチン、風疹ワクチン、水痘ワクチン、ポリオワクチン、BCGなどの生ワクチンを接種すると、ワクチンの病原体が体内で増殖する可能性があります。フィンゴリモド服用中および中止後もリンパ球数の回復が確認されるまでは、生ワクチンの予防接種は避けてください。

フィンゴリモド服用中のステロイドパルス療法は禁止されていません。再発と考えられる場合には、PMLなどほかの脳の病気との鑑別を慎重にした上で、ステロイドパルスを行うことがあります。

ただ帯状疱疹や重症感染症のリスクが高くなるため、ステロイド薬の使用は最小限にとどめるべきで、再発時のステロイドパルス療法も注意して行う必要があります。

効いているのでしょうか?

フィンゴリモドは効果が出るまでに数カ月かかるといわれています。治療開始後すぐに再発した場合はまだ効果が出ていないのかもしれず、すぐに「効いていない」とは判断できません。

しかし治療を続けていても再発が続く場合や、これまでに経験したことがないような大きな再発をした場合はフィンゴリモドが合っていないのかもしれず、治療や診断の見直しが必要になってきます。

別の再発予防薬からフィンゴリモドに変更した時にこのようなことが起こった場合には、それまで使っていた薬の効果が切れたことによる再発、あるいは急激に病気が悪化する前薬の「リバウンド」の可能性もあります。

フィンゴリモドの中止で再発ないしリバウンドが起こる可能性があるかもしれません。自己判断で治療を止めないようにしてください。

妊娠・出産

フィンゴリモドの使用経験により、妊娠・出産できなくなることはありません。しかしフィンゴリモドは胎盤を通過しやすく、動物実験で認められた重い先天性奇形がヒトでも認められています。服用中は避妊を徹底してください。

薬が体内に残る期間は最長で2カ月間です。服用中だけではなく、治療を止めても最低2カ月は避妊してください。

フィンゴリモドを服用しているのが男性の場合、妊娠・胎児への影響については結論付けられていません。現在のところ、男性へのフィンゴリモドの投与制限はありません。

一般的には出産後にMSの再発率が上昇するので、早めの治療再開が勧められています。初乳が済んだ時点で治療を再開するのが望ましいとされることもありますが、お母さんやご家族の気持ちもあります。妊娠前・その時点での病状も含めて、主治医とご相談ください。

薬剤が母乳を介して乳児に移行する可能性があります。添付文書には「授乳しないことが望ましい」と書かれています。