多発性硬化症(MS)

タイサブリ®

多発性硬化症(MS)の多くは、再発と寛解を繰り返しながら、症状が徐々に悪化する進行期に入ります。

進行期に入るまでの期間は人によりますが、病巣ができるのを抑え、症状が徐々に悪化する進行期に入らないようにしておくことが必要です。そのために使われるのが再発予防・進行抑制の薬です。経過を改善するという意味合いで「疾患修飾薬(disease-modifying drug : DMD)」と呼ばれます。

日本では2024年3月現在、8種類のDMDが承認されています。ここではナタリズマブ(タイサブリ®)について解説しています。添付文書上は4週に1回の点滴薬です※。日本では2014年に承認されました。

※進行性多巣性白質脳症(PML)のリスクを下げるため、多くの施設では、5〜7週間に1回の頻度での投与が行われています。

更新:
2024年3月4日(全体を改訂)
2022年4月27日(全体を改訂)
2016年5月27日(新規公開)
文:MSキャビン編集委員
大橋高志、越智博文、近藤誉之、中島一郎、新野正明、宮本勝一、横山和正、中田郷子

全体的なこと

MSは免疫系に何らかの異常が起こり、脳、脊髄、視神経の軸索を覆っているミエリンを外敵と見なして攻撃してしまうことによって起こります。

免疫細胞の1つであるリンパ球の表面には「インテグリン」というタンパク質が存在しています。タイサブリ®は、このインテグリンに結合することで、リンパ球が中枢神経系に入るのを阻止します。

タイサブリ®は点滴薬で4週に1回※、医療施設で治療を受けます。点滴自体の時間は1時間ほどで、外来でできます。
※進行性多巣性白質脳症(PML)のリスクを下げるため、多くの施設では、5〜7週間に1回の頻度での投与が行われています。このようにタイサブリ®の投与間隔を延長することを「EID」といいます。
※治療を始める時は、最初の数回は4週ごとに投与する場合もあります。

タイサブリ®は年間の再発率を約70%減らすというデータが得られています。日本で使用できるMSのDMDの中で最も有効性が高いクラスの薬です。

日本におけるタイサブリ®の効能は「多発性硬化症の再発予防及び身体的障害の進行抑制」となっています。しかし治療効果が高いことから、臨床の現場では、MSの進行抑制を目的に使われることもあります。

タイサブリ®を点滴してもMSは完治しません。現在、MSを完治させる薬は存在しません。

以前は「有効性が弱い薬から始めて徐々に有効性が強い薬に変えていく」という考え方が多かったので、DMDの中で最強クラスのタイサブリ®がこのように言われることがありました。

しかし今は、病初期のうちに病勢を抑えておこうという考えから、人によってはタイサブリ®を最初に使うこともあります。そして病状やPMLのリスクを検討しながら、タイサブリ®から他のDMDに変更していくこともあります。

入院は必要ありません。

タイサブリ®はMSの再発予防薬として承認されているため、指定難病の条件を満たせば医療費助成が受けられます。詳しくは「医療費助成」をご覧ください。

副作用

進行性多巣性白質脳症(PML)、小脳顆粒細胞障害(GCN)、ヘルペス脳炎、その他の感染症、注射時反応(頭痛、嘔気、発熱、疲労、じんましん、かゆみなど)、過敏症、肝障害、急性網膜壊死(ARN)などが報告されています。

注射時反応は投与開始2時間以内に起こることがほとんどですが、数日経ってから起こることもあるので注意が必要です。過敏症は2回目の投与時に起こることが多いです。

タイサブリ® は副作用がさほど多くない薬剤ですが、長期使用により懸念されるのはPML です。

PML(進行性多巣性白質脳症)は「JCウイルス」によって起こる脳の感染症です。JCウイルスには多くの人が知らないうちに感染しており、健常な日本人でも約70%が感染しているといわれています。JCウイルスに感染していると、血液中でJCウイルスに対する「JCウイルス抗体」ができています。

通常であればJCウイルスを持っていても、体内に潜んでいるだけなのでPMLを発症しません。しかし、タイサブリ®の治療中に、JCウイルスが目覚めてPMLを発症することがあります。

タイサブリ®治療中にPMLを発症するリスクが高い因子として「JCウイルス抗体陽性」「ステロイド薬を除く免疫抑制薬の治療経験がある」「2年以上タイサブリ®で治療している」が挙げられています。また「免疫抑制薬の治療経験がなくてもJCウイルス抗体価が高くてタイサブリ®治療歴が長い場合」もPML発症リスクが高くなります。

報告は海外からが多いですが、国内からも2023年9月現在6例あります。

PMLは初期のうちは症状を出さないことが多いですが、一度症状が出ると週単位で進行していくことが特徴です。PMLは死亡または重い後遺症を残す恐れがある病気で、確立した治療法はありません。

陽性の人に禁止されてはいません。しかしJCウイルスの抗体価が高いほど、また治療期間が長いほど、PMLの発症リスクが高くなるといわれています。

PMLはPMLの症状が出る前の早期の段階で発見することが必要です。そのためには定期的に脳MRI検査をして、PMLによる病巣ができていないかを確認することが重要になります。PMLの診断が遅くなれば遅くなるほど、PMLの予後は悪くなります。

実際にはJCウイルス抗体が陽性の場合は3〜4カ月に1回程度、脳MRIを検査してもらうことが多いです。

JCウイルス抗体が陰性であっても陽性に変わることがあるので、陰性の場合は半年ごとに抗体を測定、また、脳MRIも半年〜1年に1回、撮ってもらいます。

PMLは、初期のうちは症状を出さないことが多いですが、一度症状が出ると週単位で進行していくことが特徴です。精神状態・行動の変化、記憶障害、体の片側の麻痺、視野障害、失語症などの症状が出ることが多いです。MSの症状と似ていますが、MSの再発よりもゆっくりと進行していくことが特徴です。

まずPMLの疑いが出た段階でタイサブリ®を中止します。PMLの病巣が小さい場合は基本的に何もしないで経過を観察します。タイサブリ®中のPMLに有効性は認められてはいないものの、メフロキンなどの抗マラリア剤を使ってみることもあります。

血漿交換療法でタイサブリ®を除去する治療は推奨されていません。

JCウイルス抗体が陰性の場合は、その時点ではあまりPMLのリスクを考えないで使用できます。しかし非感染者のうち、年間10%前後が後に陽性に変わっています。従って半年ごとにJCウイルス抗体を測定することが勧められています。

他の治療・予防接種について

タイサブリ®は他のMSの再発予防薬、また免疫抑制薬とは併用できません。

タイサブリ®の治療中でもワクチンは受けられます。新型コロナワクチンの接種時期は気にしなくて構いません。生ワクチンに関しては接種に注意が必要とされています。

タイサブリ®使用中のステロイドパルス療法は禁止されていません。再発と考えられる場合には、PMLなど他の脳の病気との鑑別を慎重にした上で、ステロイドパルスを行うことがあります。

効いているのでしょうか?

タイサブリ®の点滴から3〜4週間くらい経つと、疲労感を訴える人がいます。これを「ウェアリング・オフ現象」といい、海外ではタイサブリ®を使っている人の20〜30%で、この現象が報告されています。

年齢や体重との関連は指摘されていません。まれに疲労感の他に意欲の減退や神経症状の変化を訴える人もいます。対処法はありません。

治療を続けていても再発が続く場合や、これまでに経験したことがないような大きな再発をした場合はタイサブリ®が合っていないのかもしれず、治療や診断の見直しが必要になってきます。

別のDMDからタイサブリ®に変更した時にこのようなことが起こった場合には、それまで使っていたDMDの効果が切れたことによる再発、あるいは急激に病気が悪化する「リバウンド」の可能性もあります。

妊娠・出産

タイサブリ®は妊娠中も継続できます。 妊娠前にタイサブリをやめると妊娠中・出産後に再発・リバウンドが起こる恐れがあるため、海外では妊娠後期30〜34週まで継続することが推奨されています。

一般的には出産後にMSの再発率が上昇するので、早めの治療再開が勧められています。初乳が済んだ時点で治療を再開するのが望ましいとされることもありますが、お母さんやご家族の気持ちもあります。妊娠前・その時点での病状も含めて、主治医とご相談ください。

添付文書には「最終投与後12週間は授乳を中止すること」と書かれています。

ただ、タイサブリ®のような抗体製剤は、乳児の消化管で消化されるので、大きな影響は与えないとの見解もあります。