多発性硬化症(MS)

タイサブリ®

多発性硬化症(MS)の多くは、再発と寛解を繰り返した後に徐々に症状が進行していきます。再発の回数を減らし、進行期に入らないようにすることが必要で、この目的で使われるのが再発予防・進行抑制の薬です。これらの薬を「疾患修飾薬(disease-modifying drug; DMD)」といいます。

DMDは再発回数を減らし、MRIの病巣が増えないようにします。DMDを使うことで残される障害が減り、進行期に入るのを遅らせることが期待できます。

日本では2021年11月現在、8種類のDMDが承認されています。ここではナタリズマブ(タイサブリ®)について解説しています。添付文書上は4週に1回の点滴薬です※。日本では2014年に発売されました。

※進行性多巣性白質脳症(PML)のリスクを下げるため、MSキャビンでは、6〜7週間に1回の頻度での投与を推奨しています。下記「PMLに関して注意すべきことは何ですか?」をご覧ください。

新規公開:2016年5月27日  更新:2022年4月27日
文:MSキャビン編集委員
大橋高志、越智博文、近藤誉之、中島一郎、新野正明、宮本勝一、横山和正、中田郷子

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全体的なこと

タイサブリ®は、再発寛解型MSに対する点滴の再発予防薬です。

MSは免疫系に何らかの異常が起こり、中枢神経系(脳、脊髄、視神経)の軸索を覆っているミエリンを外敵と見なして攻撃してしまうことによって起こります。

免疫細胞の1つであるリンパ球の表面には「インテグリン」というタンパクが存在しています。タイサブリ®は、このインテグリンに結合することで、リンパ球が中枢神経系に入るのを阻止します。

タイサブリ®は点滴薬で4週に1回※、医療施設で治療を受けます。点滴自体の時間は1時間ほどで、外来でできます。
※添付文書上はこうなっていますが、進行性多巣性白質脳症(PML)のリスクを下げるためMSキャビンでは6〜7週間に1回の頻度での投与を推奨しています。

タイサブリ®は年間の再発率を約70%減らすというデータが得られています。他のMSの疾患修飾薬と比べて再発予防効果は絶大だとされています。

日本におけるタイサブリ®の効能は「多発性硬化症の再発予防及び身体的障害の進行抑制」となっています。しかし治療効果が高いことから、臨床の現場では、活動性のある二次性進行型MSを含むMSの進行抑制を目的に使われることもあります。

タイサブリ®を点滴してもMSは完治しません。現在、MSを完治させる薬は存在しません。

以前は「効果が弱い薬から始めて徐々に効果が強い薬に替えていく」という考え方が多かったので、DMDの中で最強クラスのタイサブリがこのように言われることがありました。

しかし今は、1人1人の患者さんで薬を検討するようになってきています。

病初期のうちに病勢を抑えておこうという考えから、人によってはタイサブリ®を最初に使うこともあります。そして病状やPMLのリスクを検討しながら、タイサブリ®から他のDMDに変更していくこともあります。

入院は必要ありません。

タイサブリ®はMSの再発予防薬として承認されているため、指定難病の条件を満たせば医療費助成が受けられます。詳しくは「医療費助成」をご覧ください。

副作用

JCウイルスによる進行性多巣性白質脳症(PML)、小脳顆粒細胞障害(GCN)、ヘルペスウイルスによる脳炎、急性網膜壊死(ARN)、その他の感染症、注射時反応(頭痛、嘔気、発熱、疲労、じんましん、かゆみなど)、過敏症、肝障害、などが報告されています。

注射時反応は投与開始2時間以内に起こることがほとんどですが、数日経ってから起こることもあるので注意が必要です。過敏症は2回目の投与時に起こることが多いです。

タイサブリ®は副作用はさほど多くない薬剤ですが、長期使用により特に懸念されるのはPMLです。

PML(進行性多巣性白質脳症)は「JCウイルス」によって起こる脳の感染症です。JCウイルスには多くの人が知らないうちに感染しており、健常な日本人でも約70%が感染しているといわれています。JCウイルスに感染していると、血液中でJCウイルスに対する「抗JCウイルス抗体」ができています。

通常であればJCウイルスを持っていても、体内に潜んでいるだけなのでPMLを発症しません。しかし、タイサブリ®の治療中は、JCウイルスが目覚めてPMLを発症することがあります。

タイサブリ®治療中にPMLを発症するリスクが高い因子として「抗JCウイルス抗体陽性」「ステロイド薬を除く免疫抑制薬の治療経験がある」「2年以上タイサブリ®で治療している」が挙げられています。また「免疫抑制薬の治療経験がなくても抗JCウイルス抗体価が高くてタイサブリ®治療歴が長い場合」もPML発症リスクが高くなります。

報告は海外からが多いですが、国内からも2022年2月現在、4例あります。

PMLは初期のうちは症状を出さないことが多いですが、一度症状が出ると週単位で進行していくことが特徴です。PMLは死亡または重い後遺症を残す恐れがある病気で、確立した治療法はありません。

陽性の人に禁止はされてはいません。しかし抗JCウイルスの抗体価が高いほど、また治療期間が長いほど、PMLの発症リスクが高くなるといわれています。

PMLは何よりも早期に、PMLの症状が出る前に発見することが必要です。そのためには定期的な脳MRI検査が重要です。PMLが起こると脳のMRIでPMLの病巣を見つけることができるからです。見つけるのが遅くなれば遅くなるほど、PMLの予後は悪くなります。

実際には抗JCウイルス抗体が陽性の場合は3〜4カ月に1回程度、脳MRIを検査してもらうことが多いです。陰性であっても陽性に変わることがあるので、陰性の方は半年ごとに抗体を測定して、MRIも定期的に撮ってもらった方がよいかもしれません。

一方、外国の報告では、タイサブリ®の投与間隔を延長することで、PMLのリスクがかなり下げられることが示されています。このことからMSキャビンでは、6〜7週間に1回の頻度での投与を推奨しています。タイサブリ®の投与間隔を延長することを「EID」といいます。
※治療を始める時は、最初の数回は4週ごとに投与する場合もあります。

PMLの症状は、MSの再発よりもゆっくりと週単位で進行していくことが特徴です。

特に、精神状態・行動の変化、記憶障害、体の片側の麻痺、視野障害、失語症などの症状に注意してください。

他にも何か変化を感じたら早めに主治医に伝えてください。

まずPMLの疑いが出た段階でタイサブリ®を中止します。PMLの病巣が小さい場合は基本的に何もしないで経過観察をします。タイサブリ®中のPMLに有効性は認められてはいないものの、メフロキン塩酸塩などの抗マラリア剤を使ってみることもあります。

血漿交換療法でタイサブリ®を取る療法は、今は推奨されていません。

抗JCウイルス抗体陰性の場合は、その時点ではあまりPMLのリスクを考えないで使用できます。しかし非感染者のうち、年間10%前後が後に陽性に変わっています。従って半年ごとに抗JCウイルス抗体を測定することが勧められています。

GCN(小脳顆粒細胞障害)とは小脳の病気です。海外からタイサブリ®の使用中にGCNを発症したという報告がありました。報告されたGCNはJCウイルスによるものです。

タイサブリ®の使用中に、眼振(意思とは関係なく眼球が小刻みに揺れる)、ふらつき、ふるえ、話しにくいなどの小脳症状が出てきた場合は、すぐに主治医に連絡してください。

急性網膜壊死とは、水痘・帯状疱疹ウイルス、単純ヘルペスウイルスなどによって起こる目の病気です。放置すると失明に至る可能性があります。

これらのウイルスには多くの成人が感染していて、体内に潜伏した状態にあります。ほとんどの人は問題ありませんが、海外からタイサブリ®の治療中に発症したことが報告されています。

急性網膜壊死は突然の眼痛と視力低下で始まり、症状は急速に進みます。多くは片目に発症しますが両目に起こることもあります。

タイサブリ使用中に目の症状が現れた時は、すぐに主治医に連絡してください。

他の治療・予防接種について

タイサブリ®は他のMSの再発予防薬、また免疫抑制薬とは併用できません。

タイサブリ®の治療中でもワクチンは受けられます。生ワクチンも可能です。新型コロナワクチンの接種時期は気にしなくて構いません。

タイサブリ®使用中のステロイドパルス療法は禁止されていません。再発と考えられる場合には、PMLなどほかの脳の病気との鑑別を慎重にした上で、ステロイドパルスを行うことがあります。

効いているのでしょうか?

タイサブリ®の点滴から3〜4週くらい経つと、疲労感を訴える人がいます。これを「ウェアリング・オフ現象」といい、海外ではタイサブリ®を使っている人の20〜30%で、この現象が報告されています。

年齢や体重との関連は指摘されていません。まれに疲労感の他に意欲の減退や神経症状の変化を訴える人もいます。対処法はありません。

治療を続けていても再発が続く場合や、これまでに経験したことがないような大きな再発をした場合はタイサブリ®が合っていないか、視神経脊髄炎など他の疾患かもしれず、治療の見直しが必要になってきます。

別の再発予防薬からタイサブリ®に変更した時にこのようなことが起こった場合には、それまで使っていた薬の効果が切れたことによる再発、あるいは急激に病気が悪化する前薬の「リバウンド」の可能性もあります。

体内で、タイサブリ®に対する「抗ナタリズマブ抗体」が作られている可能性があります。治療を開始して数回でやめて、再開したときなどに作られやすくなるようです。

抗体を測定してもらうことはできますが、ただ、この抗体が陽性になったとしても、後に陰性に変わることもあり、抗体の有無だけで治療効果を判断するのは難しいです。

しかし事実として再発を起こすようになっているのなら、治療薬の変更が必要になってきます。

妊娠・出産

タイサブリ®の使用経験により、妊娠・出産できなくなることはありません。添付文書には「治療しないことによるリスクのほうが大きいのであれば、妊娠中の使用はやむを得ない」といったことが書かれています。妊娠中もタイサブリ®を使用するどうかは個別に判断することになります。妊娠中もある一定の期間まではタイサブリ®を使用する場合もあります。

一般的には出産後にMSの再発率が上昇するので、早めの治療再開がすすめられています。初乳が済んだ時点で治療を再開するのが望ましいとされることもありますが、お母さんやご家族の気持ちもあります。妊娠前・その時点での病状も含めて、主治医とご相談ください。

薬剤が母乳を介して乳児に移行する可能性があります。添付文書には「授乳を避けさせること」と書かれています。

ただ、タイサブリ®のような抗体製剤は、乳児の消化管で消化されるので、大きな影響は与えないとの見解もあります。