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本音で語る多発性硬化症の真実②

その2.
MSはなぜ日本で増えているのか
大橋高志先生(鎌ケ谷総合病院脳神経内科)より

EBウイルス感染の時期

前回のブログで書いたように、MSはEBウイルスに感染することで起こります。つまり、EBウイルスに感染しなければ、基本的にはMSにはならないのです。しかし、EBウイルスはごくありふれたウイルスであり、感染したら誰もがMSになるという訳ではありません。MSを発症するには、EBウイルスに感染する時期が重要なのです。

幼少期にEBウイルスに感染するよりも、青年期以降に感染した方が、ずっとMSになりやすいことがわかっています (Thacker EL. Ann Neurol 59(3):499-503, 2006)。

幼少期は、まだ免疫系が未熟なため、EBウイルスは外敵として認識されることなく体内に侵入し、うまくB細胞に潜伏することができます。

一方で、青年期にEBウイルスに感染した場合には、免疫系がEBウイルスを察知し、排除しようとして攻撃を仕掛けます。このときに過剰な細胞性免疫反応が起こると、伝染性単核球症 (IM) を発症し、発熱や扁桃炎、リンパ節腫脹、発疹や肝機能障害などが起こるのです。このときに、本来EBウイルスに向かうべき免疫系が、何らかの理由で自己に対して攻撃を行ってしまうことで、MSが発症すると考えられています。

エプスタイン・バーウイルス

日本でのMS患者数の増加

日本で指定難病 (特定疾患) の医療費助成制度が始まったのは、1974年のことです。そのときにはMS (NMOSDを含む) の受給者証の所有者数は457人に過ぎませんでした。その後、受給者証の所有者数は年々増え続け、今では20,000人を超えています。これほどまでに日本でMS患者が増え続けているのはなぜなのでしょうか?

これにはいろいろな要因が考えられています。筆頭にあげられるのは、食生活の欧米化です。魚や発酵食品を多く取り入れた日本食が免疫系によい影響を及ぼし、ジャンク・フードが免疫のバランスを崩すであろうことは想像に難くありません。しかし、和食がもてはやされ、健康志向が高まっている米国でもMSが増えていることを考えると、この説はあまり正しくないように思います。

その他には、清潔志向,予防接種の普及,抗生物質の乱用などによる微生物への曝露機会の減少、腸内細菌叢の変化、大気汚染や化学物質への暴露などが指摘されています。

衛生仮説

おそらく要因は一つだけではなく、複数の要因が複合的に絡み合っているのでしょう。その中でも、ここでは、古くから知られている『衛生仮説』を紹介しましょう。

衛生仮説とは、「免疫系が発達するためには、幼少期にある程度の病原体への暴露が必要だ」という考え方です。免疫系が未熟なまま成長すると、免疫系のエラーが起こりやすくなり、アレルギー疾患や自己免疫疾患が起こりやすくなるということです。

MSの動物モデルである自己免疫性脳脊髄炎 (EAE) の実験を行うときには、マウスを清潔な環境で飼育しなければなりません。このとき、マウスを不清潔な環境で飼育するとEAEが起こらなくなってしまうのです。

ヒトではどうでしょうか。MSの有病率は衛生環境のいい西欧、北米で高く、アジア、中東、アフリカ、中南米で低いことが知られています (Koch-Henriksen N. Lancet Neurol 9(5):520-32, 2010)。後者には、深刻な水質汚染や、微生物が繁殖しやすい高温多湿な気候、寄生虫の蔓延、ウイルスを媒介する蚊の繁殖など、衛生環境の整っていない地域が多く含まれます。

これらのことから、MSは衛生環境のいい地域で起こりやすいと考えられています。これにも様々な理由があるのでしょう。その中で、私が注目しているのが、『離乳食の変化』です。

離乳食の変化とMS

昭和の時代の日本では、離乳食は母親が自分で作るのが当たり前でした。母親はお粥をスプーンに乗せて息をかけて冷まし、自分の口で温度を確認してから子どもに与えるというようなことを普通にやっていました。硬い食べ物を母親が歯で噛んで柔らかくしてから子どもに与えることもありました。このような行為によって、日本人の90%以上が、幼少期に母親の唾液を介して、EBウイルスに感染していました。

日本人でのEBウイルス抗体保有率は、6〜11カ月齢児で26.5〜27.8%、12〜23カ月齢児で54.5%〜55.8%と報告されており (Kusuhara K. Microbiol Immunol 41(4):309-12, 1997) 、2〜3歳までに約70%が感染すると言われています。

ところが、近年、衛生概念の変化や女性の社会進出によって、市販の離乳食が多く使われるようになり、日本人は幼少期にEBウイルスに感染する機会が減ってきました。幼少期にEBウイルスに感染しなかった場合には、多くは青年期になって交際相手との接吻によって唾液を介してEBウイルスに感染します。日本では、IM患者の届け出の義務がないため、正確な患者発生数は不明ですが、近年、IM患者が増えてきていると推測されています。

一方、欧米では、早くから市販の離乳食が普及していたこともあり、乳幼児期でのEBウイルス感染は20%前後です。若年青年層における抗体保有率も低く、IM の発症は日本より多いと考えられています。

米国の報告では、10万人あたり年間約50人がIMを発症しています。ただし、感受性のある大学生においては10 万人あたり約5,000人がIM を発症することから、不顕性感染者の数を考慮すると、大学生におけるEBウイルスの感染率は年間10万人当たり約12,000人と見積もられています (Katz BZ. Epstein-Barr virus infections. Krugman’s Infectious Diseases of Children,10th ed.1998, pp98-115 Mosby‐Year Book, Inc.)。

つまり、米国では10人に1人以上が青年期にEBウイルスに感染するということです。

以上のことから、近年、先進国並みの衛生環境が整ってきた日本では、EBウイルス感染を免れた子ども達が青年期になってEBウイルスに感染することが多くなり、それに伴って、MS患者数が増え続けているのであろうと推察されます。

しかし、青年期にEBウイルスに感染したら誰もがMSを発症するわけではありません。日本と欧米ではMSの発症率にはまだ大きな差があります。これには、遺伝要因や様々な環境因子が関わっていることがわかっています。次回のブログでは、MSの発症における遺伝要因について、説明しましょう。

なお、このブログの内容はあくまでも私見であり、MSキャビンの公式見解ではないことをご承知ください。
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