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本音で語る多発性硬化症の真実④

その4.
多発性硬化症と環境要因
大橋高志先生(鎌ケ谷総合病院脳神経内科)より

MSと緯度

前回のブログで書いたように、 MS になりやすい体質の人が青年期にEBウイルスに感染すると、MSを発症しやすくなります。しかし、HLA DRB1*1501の遺伝子は、ごくありふれた遺伝子であり、この条件が揃っただけではMSにはなりません。この条件にさらに「MSになりやすい状況」が加わって、初めてMSを発症すると考えられているのです。この状況のことを『環境要因』と呼んでいます。

MSを発症しやすくする環境要因には、様々なものがあります。その中でも最も有名なのは、『緯度』との関連です。MS の有病率は高緯度地域で高いことがわかっています。

Atlas of MSによると、10万人あたりのMSの有病率は、日本では14人、韓国では3人なのに対して、米国では288人、スウェーデンでは 215人、オーストラリアでは104人と10〜20倍の開きがあります (https://www.atlasofms.org)。

このような地域による有病率の差には、衛生環境の違い、幼少期のEBウイルス感染率、遺伝的背景など、多くの要因が考えられます。同じEBウイルスによって起こるバーキットリンパ腫が「気温15.5度以下の地域には発生しない」と言われているのもたいへん興味深い点です。

ウイルスは変異を繰り返すので、地域毎のEBウイルス株の違いがEBウイルス関連疾患の地域偏在に関わっている可能性もあります (Yajima M. J Gen Virol 2021 Mar;102(3). doi: 10.1099/jgv.0.001549)。

しかし、これらの要因だけでは緯度によるMSの有病率の違いを十分に説明することはできません。なぜなら、同じ国の中でも北側と南側でMSの有病率が異なるからです。

フランスでは北西部でのMSの有病率は南西部の約2倍であり (Vukusic S. J Neurol Neurosurg Psychiatry 78(7):707-9, 2007)、ニュージーランドでは南に行くほどMSの有病率が高くなります (Sabel CE. Brain 144(7):2038-2046, 2021)。同様に日本でも北に行くほどMSの有病率が高いことがわかっています (Kira J. Lancet Neurol 2(2):117-27, 2003)。

そして、オーストラリアの研究で、地域によるMSの有病率の違いが、紫外線量と逆相関していることが示されています (van der Mei IA, Neuroepidemiology 20(3):168-74, 2001) 。さらに、同グループは、小児期や青年期早期に日光に多く当たるとMS発症のリスクが低下することを見出しました (van der Mei IA, BMJ 327(7410):316, 2003)。このことから、子どもの頃に紫外線を十分に浴びていない人はMSを発症しやすくなると考えられています。

MSとビタミンD

紫外線を浴びると体内でビタミンDが合成されます。この『ビタミンD』がMSの発症に大きく関わっていることがわかっています。

18万7,563人の女性看護師を20年以上に渡って調査したところ、ビタミンDをサプリメントとして毎日400 IU以上摂取している人は、摂取していない人よりMSの発症率が41%も低いことがわかりました (Munger KL. Neurology 62(1):60-5, 2004)。

また、200万人以上の米国軍人を調査して、MSを発症した257人の発症前の血清ビタミンD濃度を測定したところ、白人で血清ビタミンD濃度が最も高いグループではMSを発症するリスクが62%も低く、特に20歳未満では91%も低いことが報告されています (Munger KL. JAMA 296(23):2832-8, 2006)。

これらのことから、体内のビタミンDが不足することがMS発症のリスクであると考えられています。

ビタミンDは、免疫系を制御して正常に機能させるために重要な役割を担っており、ビタミンDが不足すると免疫系のエラーが起こりやすくなるのです (Correale J. Brain 132(Pt 5):1146-60, 2009)。ビタミンDがEBウイルスに対して抑制的に働いているという報告もあります (Disanto G. Expert Rev Neurother 11(9):1221-4, 2011)。

その他の環境要因

その他の環境要因としては、ストレスや喫煙、小児〜思春期の肥満などが知られています。

ストレスに関しては、デンマークの研究グループが18歳以下の子どもを失った親21,062人と、そうでない親29,3745人を9.5年間に渡って追跡調査しました。すると、そのうち258人がMSを発症しましたが、その発症率は、子どもを失った親の方が高く、特に予期せずに子どもを失った親で高いことがわかりました (Li J. Neurology 62(5):726-9, 2004)。このことから、非常に強いストレスがMS発症の要因になると考えられています。

また、喫煙者がMSになりやすいことは多くの報告から確実です (O’Gorman C. J Neurol 261(9):1677-83, 2014)。妊娠中に喫煙した女性はMSの発症リスクが42%高くなり、生まれた子どものMS発症リスクが38%高くなることも報告されています (Nielsen NM. Multiple Sclerosis Journal. 2023;0(0). doi:10.1177/13524585231208310)。MS患者では喫煙者の方が非喫煙者よりEBウイルスに対する反応が強く起こっているという報告もあります (Simon KC. Neurology 74(17):1365-71, 2010)。

DRB1*1501、20歳時の肥満、EBV感染の3者が合わさるとMSの発症リスクが高くなることも示されています (Hedström AK. Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm 8(1):e912, 2020)。非常に強いストレスや喫煙、肥満が免疫系に悪い影響を及ぼすことは容易に想像できることであり、これらの環境要因も、免疫系のエラーを起こりやすくするものと推察されます。

つまり、もともとMS になりやすい体質の人が、MSになりやすい状況に置かれ、青年期になってEBウイルスに感染するとMSを発症してしまうということです。そして、いったん発症すると、前回のブログで説明した自己反応性T細胞の活性化とミエリンへの攻撃が繰り返し行われ、何度も再発することになります。さらに、壊れたミエリンの蛋白が他の自己反応性T細胞を呼び寄せてしまい、ますます再発しやすくなると考えられています (Croxford JL. Autoimmun Rev 1(5):251-60, 2002)。

しかし、MSの病態は、これだけではありません。MSには、『再発』と『進行』の2つの側面があるのです。では、MSはなぜ進行するのでしょうか。次回のブログではMSの『進行』についてお話ししたいと思います。

なお、このブログの内容はあくまでも私見であり、MSキャビンの公式見解ではないことをご承知ください。
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