ブログ

本音で語る多発性硬化症の真実⑤

その5.
多発性硬化症の進行
大橋高志先生(鎌ケ谷総合病院脳神経内科)より

再発と進行

以前は、MSは「発症すると、再発を繰り返し、そのうちに進行期に移行する」疾患であると考えられていました。そして、再発を繰り返す時期を『再発寛解型MS』、症状が少しずつ悪くなっていく時期を『二次性進行型MS』と呼んで区別していました。

しかし、その一方で、発症時からすでに脳の萎縮が始まっており、再発寛解期にも少しずつ脳の萎縮が進んでいることも知られていました。

最近では、再発寛解期にも、身体障害が緩徐に進行していることがわかり、『再発』と『進行』は同時に進行していると考えられるようになりました。そして、この『再発』と『進行』は別の病態によって起こると考えられています。

前回までのブログでは、MSの発症と再発について解説しました。今回は、MSの『進行』について解説したいと思います。

軸索障害

神経線維 (軸索) は髄鞘 (ミエリン) で覆われています。電線をビニールの絶縁体が覆っているように、ミエリンには、絶縁体として神経伝導を助ける機能とともに、軸索を保護する役割があります。

MSでは、自己反応性T細胞によってミエリンが攻撃されて剥がれてしまい、軸索がむき出しになってしまいます。むき出しになった軸索は傷ついて断裂してしまいます。これを『軸索障害』といいます。

ミエリンは一度剥がれても、また巻き直すことができますが、断裂した軸索は元には戻りません。そのため、軸索障害が起こる度に脳のダメージが蓄積していき、脳は萎縮して、身体障害が進行し、認知機能が低下していきます。

MS患者では、EBウイルスに感染した後に軸索障害が始まることがわかっています (Bjornevik K, Science 375(6578):296-301, 2022)。そして、MSの発症時に軸索障害の程度が強かった人たちは、その後の身体障害の進行が速いこともわかっています (Thebault S. Sci Rep 10(1):10381, 2020)。

MSの進行とEBウイルス

EBウイルスに感染したB細胞は、がん細胞のように自ら分裂して増殖できるようになります。これをB細胞の『不死化』といいます。

通常は、B細胞の不死化が起こらないように免疫系が制御しているのですが、MSでは、遺伝要因や様々な環境要因によって、EBウイルス感染B細胞の不死化を阻止する仕組みが十分に機能していないと考えられています。

MS患者の中でも、発症後10年以上に渡って進行がみられない、いわゆる『良性MS』の人では、このB細胞の不死化を制御する仕組みがうまく機能しているのかも知れません。逆に、再発寛解期を欠いている『一次性進行型MS』では、主に再発に関与する自己反応性T細胞がうまく制御されていると考えれば理解できます。

不死化したEBウイルス感染B細胞は脳内に浸潤し、脳に入ってきた自己反応性T細胞を再活性化して、ミエリンを攻撃するように仕向けます。さらに、EBウイルスは『自己反応性B細胞』にも感染し、脳内で自己抗体を産生して、ミエリンや他の神経組織を傷害します (Pender MP. Clin Transl Immunology 3(10):e27, 2014)。

EBウイルスは、神経細胞 (ニューロン) にも感染して、直接的に軸索を傷害し得ることも報告されています (Jha HC, mBio 6(6):e01844-15, 2015)。

異所性リンパ濾胞様構造

不死化したEBウイルス感染B細胞は、脳の表面を覆っている軟膜の血管から脳内に侵入すると軟膜下で増殖し、他の免疫細胞とともに集簇して凝集体を形成します。これを『異所性リンパ濾胞様構造(いしょせい りんぱ ろほうよう こうぞう)』と呼んでいます。

この異所性リンパ濾胞様構造には、EBウイルス感染B細胞が豊富に存在することが確認されています (Serafini B, J Exp Med 204(12):2899-912, 2007)。この異所性リンパ濾胞様構造からの攻撃によって脳表面の神経組織が傷害され続けてしまうのです (Calabrese M. Nat Rev Neurosci 16(3):147-58, 2015)。

このように、『再発』と『進行』の2つの側面で、脳の神経組織が傷害されることによって、次第に脳が萎縮していき、身体障害が進行するとともに、認知機能が低下していくことになります。

では、この負の連鎖を止めるには、いったいどうしたらいいのでしょうか? 次回のブログでは、MS治療の現在と未来についてお話ししたいと思います。

なお、このブログの内容はあくまでも私見であり、MSキャビンの公式見解ではないことをご承知ください。
SNS運用ポリシー

運営はみなさまからのご寄付に大きく支えられています。ぜひご支援をお願いいたします!→「ご支援のお願い」